東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8704号 判決 1982年2月17日
原告
(丸善自動車交通株式会社訴訟承継人)
親和交通株式会社
右代表者
石丸藤吉
原告
杉並産業株式会社
右代表者
石丸藤吉
右両名訴訟代理人
川辺直泰
被告
東海興業株式会社
右代表者
中西小一
右訴訟代理人
梶原止
同
伊藤次男
外四名
被告
大日本印刷株式会社
右代表者
北島義俊
右訴訟代理人
鹿野琢見
同
岩田洋明
同
三枝三重子
外九名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (第一次的請求)
被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金二六〇〇万円及びこれらに対する昭和四六年九月一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(第二次的請求)
被告らは、各自、原告親和自動車交通株式会社に対し、金一四六〇万七七四六円、原告杉並産業株式会社に対し、金三四三三万五四四四円及びこれらに対する昭和四七年四月二一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告親和交通株式会社(以下「原告親和交通」という)は、昭和五五年一〇月一三日、一般乗用旅客自動車運送事業を営んでいた訴訟承継前の原告丸善自動車交通株式会社(以下「旧原告丸善自動車交通」という。)を吸収合併した株式会社であり、原告杉並産業株式会社(以下「原告杉並産業」という。)は液化石油ガス(以下「LPG」という。)販売を業とする株式会社である。
2(一) 旧原告丸善自動車交通及び原告杉並産業(以下「旧原告ら」という。)は、昭和四六年六月一五日、別紙物件目録記載の各土地一三筆仮換地後の面積合計3457.93平方メートル(以下「本件土地」という。)本件土地上に存する建物(以下「本件建物」という。)及びLPGスタンド施設(以下「本件LPGスタンド施設」という。)を左記の条件で被告らに売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
(1) 売買代金は二億六〇〇〇万円とし、そのうち五二〇〇万円を手付金として同月二八日に、残代金二億〇八〇〇万円を同年八月三一日にそれぞれ支払う。
(2) 旧原告らは被告らに対し、右残代金の支払いと同時に、本件土地本件建物及び本件LPGスタンド施設の明渡し並びに本件土地及び本件建物の所有権移転登記手続をする。
(3) 当事者の一方が本件売買契約に違反したときは、他方当事者は何らの催告をも要せず直ちに契約を解除でき、損害賠償として五二〇〇万円を支払う。
(二) 本件売買契約は、昭和四六年六月三日から、旧原告らと被告東海興業株式会社(以下「被告東海興業」という。)との間で売買の交渉がなされた後、同月一五日に東京都新宿区の東京会館において、旧原告らから代表取締役石丸藤吉、常務取締役中村興治、社員宮田由男及び弁護士川辺直泰が、被告東海興業から常務取締役中村一秀、社員平野純夫及び同服部信哉が、被告大日本印刷株式会社(以下「被告大日本印刷」という。)からは総務部部長代理平松隆及び社員渡辺武彦がそれぞれ出席し、折衝の結果、合意に達したものである。当日は被告東海興業が予め用意した同被告の記名捺印のある不動産売買仮契約書と題する書面(以下「本件仮契約書」という。)に旧原告らが記名捺印したのみで、被告大日本印刷は記名捺印しなかつたが、右平松の説明によれば、当日は会社の印を持参していないので記名捺印できないが、本契約書には記名捺印するとのことであり、旧原告らもこれを了承して右仮契約書に記名捺印したものであるから、被告大日本印刷も売買契約を締結し、買主の地位に立つものである。また、本件仮契約書は仮契約書と題され、後日具体的細部事項を定めて正式契約を締結するものと定められてはいるけれども、本件仮契約書に定められた事項及び口頭で合意された事項によれば、売買契約の要素である目的物、代金額及びその支払方法、時期等いずれの点についても旧原告らと被告らとの間に前記(一)のとおりの合意が成立しているのであるから、売買契約が有効に成立したものというべきであつて、仮りにその余の具体的細部事項について合意に達していないものがあつたとしても、それらは民法の規定等の適用によつて解決されるべきものである。
3 旧原告らは、約旨に基づき、直ちに本件土地建物からの移転準備を始め、同年八月二〇日には移転を完了し、また本件LPGスタンド施設の譲渡についても、監督官庁である東京都公害局高圧ガス課において手続をするなど、本件売買契約上の債務の履行の準備を行つた。
4 しかるに、被告大日本印刷の平松、渡辺及び被告東海興業の平野は、同年六月二八日、旧原告ら本社を訪れて、旧原告らに対し、被告大日本印刷が本件土地の買収に動いたのは訴外社団法人家の光協会(以下「家の光」という。)の依頼によるものであつた旨告げ、さらに、その家の光が買収の中止を申し入れてきたので、本件売買契約を解消したい旨申し入れてきた。旧原告らはこれを断わり、本件売買契約の履行を求めたが、平松らはこれに応ぜず、さらに旧原告らは被告東海興業に対し、同月二九日から同年七月一三日までの間、再三にわたつて本件売買契約の履行を求めたが、被告東海興業はこれを拒否し、また、被告大日本印刷も本件売買契約の履行をしなかつた。
5 よつて、旧原告らは、被告らに対し、いずれも同年七月二一日到達の内容証明郵便にて手付金五二〇〇万円を三日以内に支払うよう催告したが、その支払いがないので、さらに被告らに対しいずれも同年一〇月二三日到達の内容証明郵便にて、前記手付金及び売買残代金合計二億六〇〇〇万円並びにこれに対する遅延損害金を本書面到達の日から五日以内に支払うよう催告するとともに、右支払いがないときには、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたが、被告らはいずれも右支払いをしないので、本件売買契約は同月二八日の経過によつて解除された。
6 仮りに、本件売買契約が未だ成立していなかつたとしても、
(一) 同年六月一五日取り交された本件仮契約書によれば当仮契約に定めた内容に従い、さらに具体的細部事項を定めて正式契約を締結する旨定められているのであるから、同日、旧原告らと被告らとの間で、本件仮契約書の各条項を内容とし、さらに具体的細部事項を盛り込んだ売買契約を締結する旨の契約(以下「本件仮契約」という。)が締結されたものというべきである。
(二) そして、前記2(一)(3)記載の損害賠償の予定は、本件仮契約によつて生ずる売買契約締結義務の不履行に対するものとして合意されたものである。
(三) しかるに、被告らは、前記4記載のとおり、本件仮契約に違反して正当な理由なく売買契約の締結を拒否した。
7 仮りに、前記2(一)(3)及び6(二)記載の損害賠償の予定の合意が認められないとしても、旧原告らが被告らの債務不履行によつて被つた損害は次のとおりであり、被告らは、この損害を賠償する責任がある。
(一) 通常損害
(1) 被告らが本件売買契約を履行せず、又は、本件仮契約に違反して売買契約の締結を拒否したため、旧原告らは、昭和四七年四月一日、本件土地のうち北側の2136.39平方メートルを訴外東京日産自動車販売株式会社に対し代金一億四五四〇万六九七六円で、原告杉並産業は、同月二〇日、南側の残余の土地1321.54平方メートル、本件建物、LPGスタンド施設及びその販売権を訴外富士鉱油株式会社に対し代金八四九六万六四〇〇円でそれぞれ売り渡さざるを得なくなり、本件土地、本件建物及び本件LPGスタンド施設の被告らに対する売買代金額二億六〇〇〇万円との差額二九六二万六六二四円の得べかりし利益を失つた。
(2) 本件土地のうち1140.46平方メートルは旧原告丸善自動車交通の、残余の2317.47平方メートルは原告杉並産業の、それぞれ所有であるので、右損害をこの所有面積の比で按分すれば、旧原告丸善自動車交通の損害は九七七万一一五七円、原告杉並産業の損害は一九八五万五四六六円となる。
(二) 特別損害
(1) 旧原告らは、本件土地、本件建物及び本件LPGスタンド施設の売買代金二億六〇〇〇万円を前記本件土地の所有面積の比に応じて、旧原告丸善自動車交通が八五七五万〇六〇八円、原告杉並産業が一億七四二四万九三七四円と分配して、旧原告らの負担する左記債務の弁済に充てる予定であつたのであるが、被告らが本件売買契約を履行せず、又は、本件仮契約に違反して売買契約の締結を拒否したため、旧原告らは、前記(一)(1)記載のとおりこれを他に売却してその売買代金で右債務の弁済をするまでの間、右債務の約定利息の支払いを余儀なくされ、その支払利息分の損害を被つた。そのうち、本件売買契約の売買残代金支払期限の翌日である昭和四六年九月一日から東京日産自動車販売株式会社に対する売却の日の前日である昭和四七年三月三一日までの二一三日間に対応する支払利息額を算出すると次のとおりとなる。
(イ) 旧原告丸善自動車交通は、
(a) 訴外商工組合中央金庫からの借入金四三二〇万円について利息年8.4パーセントの割合による二一一万七六〇六円
(b) 原告親和交通からの借入金のうち四二五五万〇六〇八円について利息日歩三銭の割合による二七一万八九八三円
以上合計四八三万六五八九円
(ロ) 原告杉並産業は、原告親和交通からの借入金のうち一億七四二四万九三七四円について利息日歩三銭の割合による一四四七万九九七八円
(2) 右は特別事情による損害であるが、前記4記載の交渉の際、旧原告らは、被告らに対し、本件土地の売却は旧原告らの負担している債務の弁済に充てるためのものであり、被告らの契約不履行の場合には旧原告らが支払わねばならない約定利息の負担が増大することを説明して、本件売買契約の履行を求めたものである。したがつて、被告らは、前記(1)記載の特別事情を充分認識し、又は、認識しえたものであるから、これに基づく前記(1)記載の損害を賠償する責任がある。
(三) 以上合計 旧原告丸善自動車交通 一四六〇万七七四六円
原告杉並産業 三四三三万五四四四円
8 よつて、第一次的には、本件売買契約又は本件仮契約の債務不履行に基づく予定損害賠償金として、原告らは、いずれも、被告ら各自に対し、それぞれ二六〇〇万円及びこれらに対する被告らの売買代金支払い又は売買契約締結義務の最終履行期限の翌日である昭和四六年九月一日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、第二次的には、本件売買契約又は本件仮契約の債務不履行に基づく損害賠償金として、被告ら各自に対し、原告親和交通は一四六〇万七七四六円、原告杉並産業は三四三三万五四四四円及びこれらに対する前記7(一)(1)記載の旧原告らと訴外東京日産自動車販売株式会社及び訴外富士鉱油株式会社との間の各売買契約締結の後の日である昭和四七年四月二一日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する被告東海興業の認否<以下、事実省略>
理由
一請求の原因1の事実のうち、原告親和交通が、昭和五五年一〇月一三日に旧原告丸善自動車交通を吸収合併したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、旧原告丸善自動車交通が一般乗用旅客自動車運送事業を営んでいたこと及び原告杉並産業がLPG販売業を営んでいる株式会社であることを認めることができ<る>。
二原告らは、旧原告らと被告らとの間で、昭和四六年六月一五日本件売買契約が締結された旨主張するので判断する。
<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
1 家の光は、農業指導を目的とし、そのために雑誌の出版、講習及び講演等を行つている社団法人であるが、昭和四五年頃、かねてから子会社の協同梱包株式会社が東京都新宿区市谷で行つていた雑誌等の発送業務が、将来、大型トラックの交通規制が実施されることによつて継続できなくなるおそれがあつたため、その心配のない環状七号線の外に右発送業務を移転する計画を立て、取引先である被告大日本印刷に対し、右市谷の土地の買取りを求めるとともに、家の光の発行する雑誌等の最大の販売先である東北地方への発送に便利な板橋区方面に、倉庫及び作業所用地として七〇〇坪程度の代替地の買収方を依頼した。これに対し被告大日本印刷は、営業政策上、重要な取引先である家の光の右依頼を無視できず、これに応ずることもやむを得ないものと考え、右市谷の土地が同社の市谷本社及び工場に隣接していたため、同社が従前から進めていた市谷工場周辺の環境整備計画の一環に組み込む形でこれを買収することにした。
2 そして、代替地の買収については、総務部総務課の渡辺武彦及び同年九月一〇日総務部部長代理に就任した平松隆がこれを担当することとなり、平松らは、これを、被告東海興業等被告大日本印刷に出入りしている不動産業者に再委託した。被告東海興業は、本来は建築業者であるが、建築に付随して不動産売買も手がけており、被告大日本印刷の委託に基づき、営業担当の常務取締役中村一秀と営業部営業事務課課長代理平野純夫がこれを担当することとなり、昭和四六年初め頃から不動産業者を通じて積極的に代替地を捜させ、その結果、二、三の候補地が挙がつたものの、いずれも、被告大日本印刷から依頼された条件に適合しなかつたり、所有者が買収に難色を示したりして代替地の買収交渉は思うように進まなかつた。そうこうするうち、被告東海興業の社内において、たまたま売りに出されているとの情報のあつた本件土地はどうかとの意見が出され、位置や面積も依頼者の条件に適合すると見られたため、平野は、同年六月一日、本件土地に所在した旧原告丸善自動車交通足立営業所を訪ね、同所長山本に対し、本件土地売却の意向を打診したところ、右山本から、現在、隣の東京いすず自動車株式会社(以下「東京いすず自動車」という。)と話が進んでいる旨及び自分は本件土地の処分については権限がないので詳しい話は本社の中村興治常務取締役から聞いてもらいたい旨の回答を得たので、さらに、同月三日、中村一秀と平野は、旧原告らの本社を訪れ、応対に出た中村興治に対し、本件土地の売却を要請した。
3 ところで、本件土地は、旧原告らの所有であり、ここに旧原告丸善自動車交通は本社及び営業所を置いてタクシーの営業を行い、原告杉並産業は足立営業所としてLPGスタンドを営業していたが、昭和四五年末頃に旧原告らの親会社であつた原告親和交通及び旧原告らの役員が集まつて協議した結果、旧原告らの債務整理のため本件土地を売却することに決まり、東京いすず自動車、西武石油商事株式会社、ヤマハ発動機株式会社等と本件土地の売買交渉に入つていたが、そのうちでも、東京いすず自動車とは、本件土地に隣接する同社の足立工場の敷地の一部が首都高速道路公団の首都高速道路一号線の計画区域に入つていたため、その代替地として本件土地を買収できれば好都合であるということから、最も話が進んでいた。しかし、東京いすず自動車は、足立工場の敷地の売却代金を本件土地の買収資金にあてる予定であり、一方、右高速道路の建設時期が未定であつたため、売買代金さえ決めることができず、売買契約の締結の見通しは必ずしもたつていなかつた。
4 そこで、旧原告らは、被告東海興業とも並行して交渉を行うこととし、右中村一秀、平野と中村興治との間で数回にわたつて交渉が行われ(昭和四六年六月三日頃から旧原告らと被告東海興業との間で売買交渉がなされたことは、原告らと同被告との間では争いがない。)、その中で、旧原告らは、本件LPGスタンド施設は利用者もあるので、その営業を継続してもらいたい旨及び売買代金は、右本件LPGスタンド施設をも含めて三億円との条件を示し、これに対し、被告東海興業は、当初、本件LPGスタンド施設は売買契約の対象からはずしてもらいたい旨及び売買代金は二億三〇〇〇万円程度が限度である旨主張したが、旧原告らが、本件LPGスタンド施設を売買契約の対象からはずすことには絶対に応じられないとの強い態度を示したため、被告東海興業は、先行している東京いすず自動車に先んじて本件土地を買収しなければならないと感じていたこともあつて、被告大日本印刷の了解を得たうえで、昭和四六年六月一一日頃までには本件LPGスタンド施設を売買契約の対象に含めることに同意し、売買代金についても二億五〇〇〇万円程度までは考慮する旨譲歩した。これに対し、旧原告らも、売買代金を、二億五〇〇〇万円から三億円までの間で決定しようと申し入れ、売買代金について譲歩する姿勢を示したので、同月一五日に新宿区の東京会館で売買代金額について最終交渉を行うことになつた。
5 ところで、被告東海興業は、被告大日本印刷から、土地の買収にあたつては所有者の売渡承諾書を取るように指示されていたので、旧原告らに対し、売渡承諾書を出してもらいたい旨申し入れていたが、旧原告らは、逆に、買受承諾書をもらいたい旨申し入れ、一方的に売渡承諾書を出すことはできないという態度を示した。そこで、被告らは、東京いすず自動車に先んじるためにも、旧原告らの要求を入れ、何らかの書面を取り交わすこともやむを得ないものと判断し、旧原告らにその旨を伝え、同月一五日の交渉には会社の印を持参して来るよう依頼した。そして、渡辺は、家の光の意向をも取り入れて売買代金額を空欄とした本件仮契約書の草案を作成し、その草案を、被告東海興業でそのままタイプし、被告東海興業が予め記名捺印して、同月一五日の交渉に備えた。
6 また、被告東海興業は、被告大日本印刷から家の光の希望で、売買代金は二億五〇〇〇万円以内にとどめるよう指示されており、これを超える金額となる場合は被告大日本印刷の同意が必要であつたところ、前記4記載のとおり、売買代金が二億五〇〇〇万円を超えるところで決まる可能性が出てきたため、同月一五日の交渉には、被告大日本印刷も立ち会うよう求め、その結果、被告大日本印刷から平松及び渡辺が出席することとなつた。
7 以上のような経過を経て、同月一五日、東京会館に、旧原告らから、代表取締役石丸藤吉、中村興治、営業課長宮田由男及び弁護士川辺直泰が、被告東海興業から、中村一秀及び平野が、また、被告大日本印刷から、平松及び渡辺がそれぞれ出席し、交渉が行なわれた(この事実は当事者間に争いがない。)。ところで平松及び渡辺は旧原告らとの交渉に臨むのはこのときが初めてであつたが、従前、交渉の当事者ではなかつたこともあり、当初は自己紹介を控えており、まず旧原告らからの出席者と被告東海興業からの出席者との間でやりとりがあつた後、石丸は、二億六〇〇〇万円まで譲歩し、これが旧原告らの最終案である旨強調して、右金額で合意したい旨述べた。これに対し、中村一秀は承諾するとも拒否するとも返事せず、しばらくの間沈黙して考えていたが、前記のとおり、二億五〇〇〇万円を超える金額については、被告東海興業のみの判断では承諾できなかつたため、同席していた平松の方を振り向き、被告大日本印刷の意向を聞きたいというような素振りを示した。そこで、平松は、渡辺とともに、席を立つて退室し、電話で被告大日本印刷に連絡し二億六〇〇〇万円で本件土地を買収することを承諾する旨の決裁を得て、再び入室し、ここで初めて名刺を出して被告大日本印刷の者である旨自己紹介したあと、本件土地の買収は、被告大日本印刷の関連会社のために行つている旨本件土地の買収についての被告大日本印刷の立場を説明し、旧原告らの提示した二億六〇〇〇万円で承諾する旨を述べて、売買代金について合意が成立した。
8 そこで、被告東海興業から、前記本件仮契約書草案が一同に示され、空欄となつていた金額欄に二億六〇〇〇万円と記入し、旧原告らは、川辺がこれをしばらく検討した後、これに記名捺印し、さらに、被告らから、旧原告らの親会社である原告親和交通にも責任を持つてもらう趣旨で記名捺印して欲しい旨の要望が出され、原告親和交通の代表取締役でもある石丸もこれに応じ、原告親和交通名義で記名捺印した。被告大日本印刷についても、旧原告らから記名捺印を求められたが、平松は、被告大日本印刷は本件仮契約に記名捺印する予定はなく、また、本日は会社の印を所持していない旨述べてこれを断つた(以上の本件仮契約書の記名捺印の事実関係は当事者間に争いがない。)。このようにして被告東海興業と旧原告らが契約当事者として記名捺印した本件仮契約書(甲第一号証)は、不動産売買仮契約書と題するものであり、また、その前文には、旧原告ら及び原告親和交通と被告東海興業とは「不動産売買に関する基本事項について仮契約を締結し、正式契約を円滑且つ支障なく締結するための証として当仮契約書各一通を保有するもの」とされ、その第二条には、「更に具体的細部事項を定めて正式契約を締結するもの」と明確に規定されていた。
9 また、本件仮契約書への記名捺印と前後して、今後の正式契約締結までのスケジュールが話し合われ、当日は、手付金、証拠金等何らかの金員の授受もなかつたが、まず、被告らの支払う手付金が話題となり、平松と旧原告らが協議した結果、五二〇〇万円を同月二八日に支払い、さらに、同日、正式契約を締結することになり、その契約書草案は、被告らが用意することとなつた。さらに、旧原告らから、営業所の移転に時間がかかるため、本件土地、本件建物及び本件LPGスタンド施設の明渡期限を、同年八月末日までとしてもらいたい旨の要望が出され、平松はこれを承諾した。
以上のとおり認められ<る。>
ところで、売買代金は、当事者双方が売買を成立させようとする最終的かつ確定的な意思表示をし、これが合致することによつて成立するものであり、代金額がいかに高額なものであつたとしても、右意思表示について方式等の制限は何ら存しないものである反面、交渉の過程において、双方がそれまでに合致した事項を書面に記載して調印したとしても、さらに交渉の継続が予定され、最終的な意思表示が留保されている場合には、いまだ売買契約は成立していないことは言うまでもないところであつて、これを本件について以上認定の事実及び当事者間に争いのない事実に基づいて考察すると、本件仮契約書は、不動産売買仮契約書と題するものであり、その前文では、本件仮契約書が正式契約でないことを示す趣旨の記載があり、第二条では更に具体的細部事項を定めて正式契約を締結するものと明確に規定して、右仮契約書の記載上も、後日正式契約を締結すること及びその締結に向けて、正式契約に盛り込むべき具体的細部事項について交渉を継続することを予定しており、実際にも、右規定の趣旨に基づいて、具体的細部事項についての交渉を継続して同年六月二八日に正式契約を締結し、その際、買主側から手付金として五二〇〇万円を支払うという今後のスケジュールが予定されていたのであるから、本件仮契約書の第二条にいう正式契約の締結が既になされた売買契約の確認というような単なる形式的なものであるとは認め難く、かえつて、本件仮契約書は、後日正式契約を締結し、正式契約書を作成することにより売買契約を成立させるという当事者の意思を明確に示したものというべきである。してみると昭和四六年六月一五日に、旧原告らと被告らとの間で、売買契約の成立に必要な最終的かつ確定的な意思表示がなされ、本件売買契約が成立したものと認めることはできず、同日は、売買代金及び目的物について合意に達したので、これら売買契約の基本的条件を書面化して確認するとともに、さらに交渉を継続して、売買契約に盛り込むべき具体的細部事項を定め、本件仮契約書の各条項を基本的な内容とする売買契約を締結することを定めた契約(以下、この意味で「本件仮契約」という。)が、旧原告らと被告東海興業との間で締結されたにすぎないことが認められる。
原告らは、売買契約の要素である目的物、代金額及びその支払方法、時期等のいずれの点についても、旧原告らと被告らとの間に合意が成立している以上、売買契約として有効に成立した旨主張し、前記のように目的物及び代金額については、本件仮契約書に明確に記載され、売買代金の支払方法及び時期についても、おおむね合意に達していることは原告ら主張のとおりであるけれども、本件では当事者が後日正式な売買契約を締結する意思であつたことは前記説示のとおりであり、右原告らの主張の事実が真実であるとしても、いまだ本件売買契約が成立したものとは認められず、原告らの主張は採用できない。
したがつて、本件売買契約が成立したことを前提とする原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
三次に、原告らは、本件仮契約に基づき、被告らに売買契約を締結すべき義務が生じた旨主張する。
そこで、まず被告大日本印刷が、本件仮契約の当事者であるか否かについて検討するに、前記二で認定した事実によれば、昭和四六年六月一五日に、旧原告らの提示した売買代金額二億六〇〇〇万円につき、承諾を与えたのは被告大日本印刷の平松であり、また正式契約の締結や手付の支払い等、今後のスケジュールを旧原告らと話し合つて決めたのも平松であり、交渉が本件仮契約から正式契約に円滑に移行した場合には、被告大日本印刷が買主になつたとも推測されるけれども、その一方で、被告大日本印刷は、もともと本件仮契約書に記名捺印する意思はなく、平松は、旧原告らから、被告大日本印刷の記名捺印を求められた際、明確にこれを断つているのであるから、被告大日本印刷が、本件仮契約の当事者であるとはとうてい認められず、本件仮契約に基づいて、被告らに売買契約締結義務が生じた旨の原告らの主張は、被告大日本印刷に対しては、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
そこで次に、本件仮契約に基づき、その当事者である被告東海興業に売買契約締結義務が生ずるか否かについて判断すると、同被告が売買契約の締結を拒否したことは原告らと同被告との間において争いがない。しかしながら、原告らの主張する売買契約締結義務なるものが、旧原告らの売買契約締結の申込みの意思表示に対して、被告東海興業がいかなる場合にも無条件で承諾の意思表示をなす義務というような趣旨のものであるのならば、前記二で認定したとおり、本件仮契約自体が正式契約を締結すべく交渉の継続を予定しているものであつて、交渉の過程で当事者に売買契約の締結を強制することが公平の見地からみて妥当でないような事情が発生、発見された場合には、当事者の一方は売買契約の締結を拒否することもできると解するべきであるから被告東海興業に前記のような意味での売買契約締結義務が存しないことは明らかであるが、本件仮契約は、正式な売買契約を締結することを目的とするものであるから、その性質上、旧原告らと被告東海興業とは、互いに、売買契約が締結できるように努力すべくその売買契約に盛り込むべき具体的細部事項について誠実に交渉をなすべき義務を負うに至つたものというべきであり、正式契約を締結させることが公平の見地からみて不合理である事情が判明するなどの正当な事由が存在しないのに、当事者が正式契約の締結を拒否すれば、右誠実交渉義務違反による債務不履行の責を免れないものと解すべきである。原告らの主張する売買契約締結義務は、かかる誠実交渉義務をも含むものと解されるので、以下、被告東海興業に、右誠実交渉義務違反があつたか否かについて判断することとする。
四1 まず、被告東海興業が売買契約の締結を拒否するに至つた経緯についてみるに、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
(一) 平松は、本件仮契約締結の日の翌日である昭和四六年六月一六日、被告大日本印刷と取引のあつたこだま交通株式会社の代表取締役古川劼に対し、本件LPGスタンド施設を譲り受ける場合の手続上の問題点及びこれを使用して行うLPGスタンド営業の収益性の有無等について調査してほしい旨依頼し、また同月一八日頃には、平松及び渡辺が家の光に赴き、担当者にこれまでの経過を説明した。
(二) ところで、同月一五日東京会館において前記のとおり本件仮契約書の調印がなされた際、渡辺が本件土地の登記簿謄本を見ながら、本件土地には高圧線の地役権が設定されているようだがどうなるのか、またLPGスタンド施設を譲り受けて営業を続けることは大丈夫なのか等と質問し、これに対し中村興治は、登記簿は仮換地前のものであるので仮換地後の本件地役権の内容を表わすものではない旨及び本件地役権は建物建築には支障がない旨答え、さらにこれらの問題について東京電力等で調査してみる旨約し、このような経緯をふまえて、同月二三日頃までに中村興治が被告大日本印刷を訪れ、平松らに対し、地役権の問題については東京電力で調べた結果、高圧線が現実に掛つていなければ地役権は抹消することになるが、区画整理事業が施行中であるため、本件土地部分の登記だけをいじることはできない、しかしいずれにしても建物の建築には差し支えない旨説明し、またLPGスタンドの問題については、都庁の見解では現に営業しているものの譲渡だから問題はないなどと説明した。ところがこれより先、平松に対しては前記古川からも報告があり、それによると、本件LPGスタンド施設を譲り受けて営業するためには、新規開業の場合と同じ許可申請手続をする必要があり、法による許可を得るためには所定の保安距離を確保するため若干の改善を要し、かつ付近住民の同意を取りつけなければならないなど解決しなければならない問題が存し、必ずしも容易ではないとのことであつて、右中村の説明とは微妙に食い違つていた。
(三) 他方、渡辺は、正式契約を締結する予定の日と定めた同月二八日が迫つてきたため、同月二一日頃、とりあえず売買契約書の草案を起案し、これをタイプしてできあがつた売買契約書草案(甲第二号証のタイプ字部分)を平野を介して旧原告らに届けた。これに対し、旧原告らは数か所の訂正を求めることとし、同月二五日頃、中村興治が直接被告大日本印刷を訪れ、渡辺に対し、概要、①売主が買主に交付する実測図に、隣接土地所有者の境界及び地権に異議ない旨の承諾書を添付するとの条項の削除、②本契約締結後は、買主において物件の利用、運営上必要とする調査研究のためこれに立入り、売主の承諾の下に分割、改造等ができるとの条項の削除、③LPGスタンドにかかる許認可が得られない場合の解除条項の削除、④買主が昭和四六年七月末日までにLPGスタンド経営の有無を調査検討し、その結果を売主に通知するとの条項中、「七月末日」を「六月末日」に変更、⑤原告親和交通の連帯保証条項の削除等につき訂正の申し人れを伝え、渡辺はこれを検討する旨約した。
(四) そして平松及び渡辺は同月二五日頃家の光に赴き、専務理事高橋芳郎に面接して右のような経緯を伝えたところ、同人は不信の念をあからさまにし、そのような面倒な問題のある土地を買い受けることには消極的であるとの態度を示し、翌同月二六日頃、家の光は、本件土地の買収中止を決めたとして、その旨を被告大日本印刷に伝えて来た。そこで平松は、今後の対策をたてるべく、被告東海興業と連絡をとり、また上司の中村一秀と今後の対策を話し合つたが、最終の買主である家の光が買わないという以上、旧原告らにその事情を説明して本件土地の買収中止を了解してもらう以外はないということになつた。
(五) そして、同月二八日、平松、渡辺及び平野が旧原告ら本社を訪れ、平松から、本件土地の買収は家の光の依頼によるものであつた旨初めて明らかにし、その家の光が買収を中止することになつたので、本件売買の話は白紙に戻したい旨申し入れた(この事実は当事者間に争いがない。)。これに対し、旧原告らは、同日には売買契約が正式に締結され、手付として五二〇〇万円が支払われるものと考えていたため、予定どおり、売買契約を正式に締結して手付を支払うよう強く求めたが、平松は、被告大日本印刷の必要な土地でない以上、これを買収することはできないとして、売買契約の締結を拒否した。
(六) その後、旧原告らは、被告東海興業に対し、本件土地は、旧原告らの負担している債務を整理するために売却するものであり、被告らに売り渡すことに決まつたので既に債務の弁済をする旨債権者にも通知しており、また、約束した同年八月三一日の明渡しもできるように、労働組合と交渉して事務所の移転も終えている等の旧原告らの事情を説明し、連日のように本件仮契約に基づき本件土地を買取るよう要求した。これに対し、被告東海興業では、従二康二専務及び前川徳郎常務、さらには弁護士梶原止をも加えて対策を検討し、本件仮契約書に記名捺印している以上、自らの責任で買取ることもやむを得ないという意見も出て、旧原告らに対し、代金の減額や支払条件の変更を求めたこともあつたが、同年七月八日頃本件仮契約書第四条に、旧原告らが買主の所有権を阻害する一切の権利及び負担を自己の責任と負担において所有権移転登記申請の時までに抹消排除し、完全な所有権を買主に移転しなければならない旨規定されていることを根拠として、本件地役権が抹消できない限り、売買契約の締結には応じられない旨旧原告らに回答し、その後、同月一三日頃にも、旧原告らの買取り要求に対し同旨の理由でこれを拒否した。
(七) このような経過の後、旧原告らは、被告東海興業に対し同月二一日到達した内容証明郵便をもつて、契約の履行を請求し、これに対し同被告は旧原告らに同月二八日各到達の内容証明郵便をもつて、本件地役権の存在を理由として契約を解除し、その履行を拒否する旨回答し、さらに旧原告らは同被告に同年一〇月二三日到達した内容証明郵便をもつて、五日以内の履行請求と不履行の場合の停止条件付解除の通告をし、これに対し同被告は旧原告らに同月二月八日各到達の内容証明郵便をもつて本件地役権の存在及び本件LPGスタンド施設の営業権は譲渡不可能であることを理由として、本件仮契約を解除する旨の意思表示をした(以上の内容証明郵便の到達の点は原告らと被告東海興業との間において争いがない。)。
以上のとおり認められ<る。>右の事実によると、被告東海興業が売買契約締結を拒否したのは、買主側の事情として、最終の買主となるべき家の光が買収を中止したことにあつたことが明らかであるが、同被告は旧原告らに対する直接の理由としては、本件地役権の問題及び本件LPGスタンド施設の問題をあげているので、次にこれについて検討する。
2 まず本件地役権の問題についてみるに本件仮契約において、本件地役権についてどのような合意がなされていたかについて、原告らは、被告東海興業が、本件高圧線が本件土地を通過していること及び本件地役権の存在を了知しており、これを容認した上で本件仮契約をした旨主張し、証人中村興治はこれに副う証言をするが、同人の証言自体被告東海興業が本件地役権の存在を容認していたとする主な理由を、平野らが、本件土地は調査済みである旨述べていたことに求めるものにすぎず、<証拠>によれば、本件仮契約締結当時、本件土地は仮換地の指定はなされていたものの区画整理事業がまだ完了していなかつたため、右調印の席上渡辺が見ていた土地登記簿謄本も仮換地前のものであつて、本件地役権の及ぶ範囲等の迅速且つ正確な調査は困難であつたことが認められ、このことからすると、被告東海興業が本件仮契約締結当時本件地役権の存在を容認していたものとみることは疑問があるばかりでなく、1の冒頭掲記の各証人の証言によれば、旧原告らは、被告東海興業に対し、本件地役権について昭和四六年六月一五日まで何らかの説明をもした形跡はなく、前示のとおり、同日の本件仮契約締結の席で、渡辺から旧原告らに対し、本件土地には本件地役権の認定登記があるが、これはどうなるのかとの趣旨の質問がなされたのに対し、中村興治は、登記簿は仮換地前のものであるので仮換地後の本件地役権の内容を表わすものでない旨及び本件地役権は建物建築には支障がない旨回答し、さらに、仮換地後の本件地役権の内容等について東京電力等で調査する旨約したことが認められ、これらの事実からすれば、被告東海興業としては、本件仮契約の締結に際し、本件地役権の存在を容認していたわけではなく地役権による負担の及ぶ範囲も未確定であつて、正式契約までに相互になお調査、検討することとしたことが認められる。
そこで次に、本件地役権による負担の及ぶ範囲についてみるに、仮換地後の本件土地に本件地役権が及ぶ面積の点を除く被告東海興業の主張1(一)(1)の事実は、原告らと被告東海興業との間で争いがなく、<証拠>によれば、本件土地内には、その北側の公道に面した縁の部分に数本の特別高圧架空電線が掛つており、そのうち最下部のものは大日精化線と称する二万二〇〇〇ボルトのものであつて、これによる地役権の及ぶ範囲は、仮換地後の本件土地の北側の公道に面した縁の部分180.18平方メートル(約54.5坪)であり、この範囲の土地には建築物の築造等が禁止されていることが認められる。さらに、被告東海興業は、本件地役権のほかに基準一三三条による制限を主張するところ、右基準は、東京電力等の電気事業者を規制対象とするものであつて、それ自体は一般私人たる土地所有者の権利を法律上制約するものではないが、右基準一三三条は、特別高圧架空電線の危険性に照らし、その安全を確保するための規定であるから、一般私人が右規制地域に新たに建築物を築造することをできれば避けたいと思うのは無理からぬところであり、右の意味において本件土地に関する制限とみることができる。そして<証拠>によれば、右特別高圧架空電線大日精化線について、苛酷な温度と風圧の条件を想定して、最大限右基準一三三条に定める離隔距離三メートルを満たすようにした場合、その範囲は本件高圧線の直下から両側9.08メートルの範囲内の土地539.72平方メートル(約163.27坪、但し、前記本件地役権の及ぶ土地の面積を含む。)であり、高圧線の直下から両側三メートル(これが地役権の及ぶ範囲である。)を超え、両側9.08メートル以下の部分の土地に建築物を築造しようとする場合はその高さが8.4メートルないし10.82メートル以下に制限されるものであることが認められる。
3 ところで、本件地役権は本件高圧線の設置及び保全のために設定されているものであるから、本件高圧線が存在する限り抹消不可能なものであるし、本件高圧線の存在自体は一見して明白なのであるから、これが、本件仮契約書(甲第一号証)四条において、売主が抹消を約した「買主の所有権取得を阻害する一切の権利及び負担」に形式的には該当するからといつて、直ちに旧原告らが本件地役権の抹消を約したものと認めることはできないが、前示のとおり本件仮契約が締結された当時、地役権による負担の及ぶ範囲も未確定であつて、正式契約までになお調査、検討することとされていたのであるから、本件地役権の存在が買主の将来における本件土地の利用上相当な障害となり、それが当初から判明していたならば、売買契約の締結を差し控える程度のものである場合には、買主は、これを理由に売買契約の締結を拒否することができるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、<証拠>によれば、本件仮契約の目的とされた仮換地後の本件土地の面積は、約三四四三平方メートルであつたことが認められ、このうち本件地役権の及ぶ土地の面積は180.18平方メートル、これに築造する建築物の高さが制限される区域を加えると539.72平方メートルに達しており、しかもこのように建築物の築造が禁止又は制限されている土地の部分は本件土地の公道に面した出入口の部分を占めているのである。そのうえ本件土地内には本件LPGスタンド施設が存在しているから、建築物を築造できる範囲はさらに限定されるところ、ちなみに<証拠>によれば、その後昭和四七年四月二〇日に至り、原告杉並産業は富士鉱油株式会社に対し、本件土地のうちLPGスタンド施設が存在する部分の土地1321.54平方メートルを売却したが、右程度の土地は本件LPGスタンド施設を使用してその営業を行うために要求される保安距離を確保するために必要な土地であつたものと認められるので、本件土地のうち建物を建築するための敷地として利用できる土地はこれを除いた約二一二一平方メートル程度にとどまるものと考えられる。そして<証拠>によれば、前記建築物の築造が禁止又は制限される区域は、そつくり、右建物敷地として利用できる土地部分に含まれていることが認められるのでその面積の割合は、本件土地のうち右建物敷地として利用できる土地を基準とすると、その約四分の一に達している。
右のとおりであるから、本件土地の買主が本件土地に建物を建てようとする場合、本件地役権ないし高圧線の存在が相当の障害となることは明らかであり、かかる事実関係を売主が当初から説明し、又は買主においてこれが判明していたならば、買主としては、その使用目的いかんによつては売買契約の締結を差し控える程度のものであるということができ、してみると被告東海興業の売買契約の締結拒否には正当の事由があつたものというべきである。
4 次に、本件LPGスタンド施設の問題について考えるに本件仮契約書(前掲甲第一号証)には売買の目的物として「LPGスタンド営業権」と明記してあり、この事実と<証拠>によれば、買主が本件LPGスタンド施設を使用してLPGスタンドの営業を行うことができることが取引の前提とされていたものであり、それ故に前示のとおり、平松は本件仮契約締結後早速、古川劼に対し手続上の問題点及び収益性の有無について調査を依頼したのであり、また渡辺は売買契約書の草案(前掲甲第二号証)に、本契約締結後買主において調査検討のため物件に立入ることができる旨の条項、LPGスタンドにかかる許認可が得られない場合の解除条項等を入れたものであることが認められる。
ところで、被告東海興業は本件LPGスタンド施設を譲り受けて営業を行うには法五条一項所定の許可を受けなければならないのに、右許可を得ることは実際上不可能であつたと主張するところ、事実これが不可能であつたことを肯定するに足りる的確な証拠はない。しかしながら、<証拠>によれば、これを譲り受けて営業するには、規則所定の保安距離を確保し、かつ付近住民の同意を取りつけるなど解決すべき問題の存したこと自体は明らかであるところ、前示のとおり平松が受けていた旧原告らの説明と古川の報告との間には食い違いがあり、そのうえ旧原告らは前記1(三)の②ないし④のとおり右草案の訂正を求めて来たのであつて、右訂正要求の内容を検討してみるに、売主となるべき者の態度としては、その誠実性にいささか疑問を生ぜしめかねないものといわざるを得ない。
5 以上の事実を総合して判断するに、被告東海興業が売買契約の締結を拒否したからといつて、同被告が誠実交渉義務に違反したものとすることはできず、かかる義務違反の存在を前提とする原告らの請求も、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
五以上のとおりであつて、原告らの請求はすべて理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(原健三郎 満田忠彦 山本恵三)
物件目録<省略>